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新潟地方裁判所 平成9年(行ウ)6号 判決

主文

一  被告が、原告に対して平成七年一一月一三日付けでした別紙文書目録一記載の文書の非開示決定処分のうち、平成七年四月一日から同年九月三〇日までの新潟県東京事務所の需用費に係る食糧費執行伺い、支出負担行為兼支出命令決議書、支出負担行為決議書、支出命令決議書、請求書、領収書、見積書、立替払費用償還請求書について左記部分を非開示とした部分を取り消す。

1  会合及び贈答の相手方のうち、「経歴、所属(会社名及び団体名を含む。)・職名」の部分(但し、国や他県等の職員の場合は、職名の部分を除いた課及びそれに相当する組織名以上の部分、会社及びその他の団体の場合は、企業誘致の相手方を除いて、当該会社名及び団体名の部分については、それぞれ既に開示されているのでこれらの部分を除く。)

2  資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」の部分

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対して平成七年一一月一三日付でした別紙文書目録一記載の文書(但し、出身地の記載を除く。)の非開示決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、平成七年九月二八日、地方公共団体等の不正、不当な行為を監視し、これを是正することを目的として結成された団体(権利能力なき社団)である。

(二) 被告は、新潟県情報公開条例(平成七年新潟県条例第一号、以下「本件条例」という。)二条一項の実施機関である。

2  本件処分の存在

(一) 原告は、被告に対し、平成七年一〇月二五日、本件条例六条に基づき、平成七年度(平成七年四月一日から公開可能な直近の資料)新潟県東京事務所の需用費の支出に関する一切の資料の開示を請求した。

(二) これに対し、被告は、平成七年一一月一三日、右請求に対応する公文書としては、〈1〉食糧費執行伺い、〈2〉支出負担行為決議書、支出命令決議書、支出負担行為兼支出命令決議書(以下「支出負担行為兼支出命令決議書等」という。)、〈3〉請求書、領収書、見積書(以下「請求書等」という。)、〈4〉立替払費用償還請求書がこれに当たるとした上、

(1) 食糧費執行伺い、会合名簿又は贈答名簿に記載されている相手方の「氏名、住所、経歴、出身地、所属・職名」及び「会合名」等の相手方又はその所属団体が推定される部分に限って本件条例一〇条二号、六号に該当する

(2) 支出負担行為兼支出命令決議書等及び請求書等に記載されている個人債権者の「氏名、印影」に限って本件条例一〇条二号に該当する

(3) 請求書等に記録されている債権者の従業員の「氏名、印影、サイン」に限って本件条例一〇条二号に該当する

(4) 支出負担行為兼支出命令決議書等に記録されている立替払費用償還に係る職員個人の「住所」及び「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」に限り、本件条例一〇条二号に該当する

(5) 支出負担行為兼支出命令決議書等及び請求書等に記録されている債権者の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」に限って、本件条例一〇条三号に該当する

(6) 支出負担行為兼支出命令決議書等に記載されている資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」に限って、本件条例一〇条六号に該当する

との理由で、非開示とする処分(以下「本件処分」という。)をした。

(三) 原告は、平成七年一二月二二日、行政不服審査法四条の規定により、実施機関の被告に対し、異議申立をした。それに対し、被告は、平成八年一二月二七日、新潟県公文書公開審査会の平成八年一一月二二日付答申のとおり、本件処分の非開示部分のうち、別紙文書目録一記載の文書(以下「本件文書部分」という。)を除き、公開する処分をした。

3  しかし、本件処分は、本件文書部分が、何ら本件条例の非開示事由に該当しないにもかかわらず、該当するとしてされた違法なものである。

4  よって、原告は、本件処分のうち、本件文書部分(但し、出身地の記載を除く。)を非開示とした部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  請求原因3、4は争う。

三  抗弁

1  原告の開示請求に係る文書は、平成七年四月一日から同年九月三〇日までに支出負担行為又は支出命令が行われた新潟県(以下「県」という。)東京事務所の需用費(食糧費及び贈答品に限る。)の支出に関して、県の職員が作成し又は取得した公文書であり、その概略は次のとおりである。

(一) 食糧費執行伺い

県東京事務所において、食糧費の支払いについて内部的に決裁を得るために必要に応じて作成しているもので、金額、実施(予定)年月日、会場、懇談会名(懇談会名欄には、懇談、懇談会、意見交換会等の名称が使われているが、それらを含めて以下「会合」という。)、出席者の所属・職名、氏名等が記録されている。県の規則等で定められた様式ではなく、県東京事務所が任意の形式で作成しているものである。

(二) 支出負担行為兼支出命令決議書等

支出負担行為兼支出命令決議書等には、支出負担行為兼支出命令年月日、件名及び内容、決議番号、支出負担行為兼支出命令額、債権者の名称(氏名)及び住所、口座振込に係る金融機関コード、金融機関名、預金種別、口座番号、口座名義等が記録されている。なお、食糧費執行伺いが作成、添付されていない場合は、会合の出席者の所属・職名、氏名(一部に経歴、出身地を記録したものもある。)を記録した名簿(以下「会合名簿」という。)、また、贈答品の場合は配布先の所属・職名、氏名(一部に住所や経歴、出身地を記録したものもある。)を記録した名簿(以下「贈答名簿」という。)が添付されている。

(三) 請求書等

債権者(会合の場を提供した業者等)から任意の様式により提出されるもので、請求等の年月日、債権者の名称(氏名)及び住所、金額及びその内訳、口座振込に係る金融機関名、預金種別、口座番号、口座名義等が記録されている。なお、一部に債権者の従業員のサイン等が記録されているものがある。

(四) 立替払費用償還請求書

緊急かつ予期しない場合等において、職員がやむを得ず立て替えて支払った費用を請求するため提出したものであり、金額、内容、請求年月日等が記録されている。なお、領収書を添付した支払証明書が添付されている。県の規別等で定められた様式ではなく、県東京事務所が任意の形式で作成しているものである。

2  条例解釈の基本的な考え方

本件条例は、その第一条にあるように、県民の公文書の公開を求める権利を明らかにすることにより、県政に対する県民の理解と信頼を深め、県民の県政への参加を促進し、もって公正で開かれた県政を一層推進することを目的として制定されたものであり、公文書の公開・非公開の判断に当たっては、この県民の権利を十分尊重して、条例を解釈し、判断しなければならないことは当然である。しかし、この権利も無制限なものではなく、請求された公文書に情報が記録されている個人又は法人その他の団体の権利利益及び公益との調和を図る必要があるのであって、それが本件条例第一〇条に公開しないことができる公文書として規定されているところであり、更には県民の情報公開を請求する権利自体が抽象的に存在するものではなくて、この条例を根拠として発生したものであるから、その限界も条例によって決められることになる。したがって、公金の使途に関する情報であるとしても、その公開・非公開はあくまでも本件条例第一〇条の規定に該当するかどうかをその文理及び趣旨に従って判断することによりなされなければならない。

3  本件文書部分の公開除外事由該当性

(一) 本件条例第一〇条第二号該当性について

本件条例第一〇条第二号は、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものが記録されている公文書は公開しないことができると定めているが、この規定は、個人のプライバシーを最大限に保護するため、従来から公開されていた情報及び公益上公開することもやむを得ないと認められる情報として本号但書で定めるものを除き、個人に関する一切の情報は非公開とすることを定めたものである。なお、条例にいう、特定の個人が識別され、又は識別されうる情報とは、氏名、住所等特定の個人が直接識別される情報の他、他の情報と結びつけることにより、間接的に特定の個人が識別され得る情報も含むと解されること当然である。以下、原告が公開を求める各情報について述べる。

(1) 会合又は贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」について

会合又は贈答の相手方の「氏名、住所」が、特定の個人が識別される情報に該当することは明らかである。会合又は贈答の相手方の「所属・職名」については、本件公文書は相手方の所属の部分と職名の部分を明確に分けて記録しているわけではないので、これを一つの情報としてみると、所属と職名は、相手方の所属団体の名簿等と照合することにより、容易に具体的な特定の個人を識別し得る情報である。また、会合又は贈答の相手方の「経歴」については、前記組織名と結びつけることにより、容易に具体的な特定の個人を識別し得る情報である。次に、相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」が本号但書のア、ウに該当しないことは当然として、イ「公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当するかどうかについてであるが、相手方の氏名がもともと一般に公表、披露されるようなものを除き、県民に公表することが予定されている情報ということはできない。県東京事務所が行った会合や贈答は、一般に公表、披露するようなものではなく、但書には該当しないものと考えられる。

(2) 債権者の従業員の「氏名、印影、サイン」について

飲食業者等の債権者の従業員の「氏名、印影、サインしは、特定の偶人が識別され、又は識別されうる情報であり、また、飲食代金等に係る請求書等に記録された従業員に関する情報が、本号但書のいずれにも該当しないことは明らかである。

(3) 県職員個人の「住所」及び「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」について

支出負担行為兼支出命令決議書等の支払先相手方欄には、立替払いをした職員の「氏名」、「住所」及び「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」が記録されているが、このうち、氏名以外の情報は本号に該当するものであり、また、本号但書のいずれにも該当しないことは明らかである。

(4) 本件非公開情報のうち、別紙文書目録二記載の文書中の「相手方」部分は、実際に会合に出席していない者の肩書及び氏名を記載した部分であり、それ自体不正経理に係るものとして既に支出経費を県に返還したもの及び再調査の結果に基づき今後県に返還される予定のものである。右の場合には、当該情報は被冒用者の本来の職務に関する職、氏名を表すものではなく、また、被冒用者が不正な会計処理に加担したかのような外観を呈する文書が公開されることによって、被冒用者の名誉が毀損されるおそれが多分にある。そして、自己の氏名を不正な行為に冒用されたという事実は被冒用者にとって不快なことであり、また、その公表を望まない情報である。したがって、被冒用者にかかる非公開部分の個人情報該当性を否定すべき事情はない。

(二) 本件条例第一〇条第三号該当性について

本件条例第一〇条第三号は、法人等又は事業を営む個人の正当な事業活動を保障するため、公開することにより不利益を与えるおそれのある情報は、個人の生命、身体、健康、財産、生活等の公益を保護するため公開が必要とされる同号但書で定める情報を除き、非公開とすることを定めたものである。被告が本号により非公開とした情報は、債権者の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」であるが、このような銀行口座に関する具体的な情報は、資金管理上極めて重要な情報であり、通常他人に明らかにすることはないものである。飲食業者等の場合であっても、請求書等に記載し代金請求等のために提示することはあるものの、広く一般に公表するようなものとは認められないことから、債権者が了知しないうちに、取引等に関係なく公開することは、債権者に不利益を与えるおそれがあると考えられる。したがって、債権者の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」は、本号に該当する情報である。

(三) 本件条例第一〇条第六号該当性について

本件条例第一〇条第六号は、県民全体の利益の確保を目的とする行政の公正若しくは円滑な執行を確保するため、「県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、争訟、交渉、入札、試験等の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的を失わせ、又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な実施を困難にするおそれのあるもの」が記録されている公文書は公開しないことができると規定している。

(1) 会合又は贈答の相手の「氏名、住所、経歴、所属・職名」について

県東京事務所の行う事務事業は、国会議員、国関係職員、在京企業等を対象とした情報収集、要請・要望、連絡調整、意見交換等の活動が中心となっているが、県東京事務所が実施した会合は、このような事務事業の一環として、また、このような事務事業を円滑に行うための前提条件となる相手方との良好な関係を築くことを目的として、行ったものである。また、購答品の配布は、県の主催する大会等の出席者、訪問先の企業、その他県と特別の関係のある者に、社交儀礼として、また、良好な関係の維持増進を目的として行ったものである。会合又は贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」については、このような会合、贈答は、県の一方的な要請などによるものであり、また、相手方においてその氏名等が公にされることは予想されていないことから、本件公文書に記録されている会合及び贈答の相手方の氏名等を県が一方的に明らかにすることは、社会通念上礼を失するばかりか、対応の程度により、県政における相手方の位置付け、評価が一般に明らかとなることなどにより、相手方に不快、不信の念を抱かせ、かえって相手方との良好な関係あるいは信頼関係を損なうことになり、また、特に会合の場合は、根手方が不快、不信の感情を抱くことにより、以後県の主催する会合への出席を控えるなど、今後の県東京事務所の行う情報収集、要請・要望等の活動の円滑な執行に多大な支障を与えるおそれがある。他の都道府県と競合して省庁等を相手にした対外的な折衝や情報収集等の困難な業務を行う県東京事務所の立場としては、会合等に伴う食糧費等が公開されることに関して必ずしも好意的な感情を抱かない相手方がいることに配慮し、相手方についての公開に慎重にならざるを得ないし、場合によっては、相手方との信頼関係が損なわれる事態もありうるので本号に該当する。

(2) 企業誘致に関する会合又は贈答の相手方の「会社名」

企業誘致については、誘致が特に他県との競争関係にあることから、県がそのような交渉をしていること自体が一般には明らかにできないので、この種の交渉の内容は、一般的に、事業の施行のために必要な内密の協議を目的とするものであるし、また、相手方においても一般に公開されることを望まない場合もあり得るところである。したがって、企業誘致の相手方会社名は本号に該当する。

(3) 資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」については、これらの情報は公金の管理及び支払に当たっての内部管理情報であり、一般に明らかにされているものではないことから、これを公開することは、公金の管理及び支払事務の安全、円滑な執行に支障が生じると認められるので、本号に該当する。

4  よって、本件文書部分を公開除外とした被告の処分は適法である。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁に係る事実のうち、別紙文書目録二記載の文書中の「相手方」部分の記載内容が虚偽であることは否認し、その余は不知。主張は争う。

2  本件条例は、国民主権に基づく民主主義の実現、表現の自由の尊重、地方自治の保障など、憲法で保障された権利の具体的な発現であることから、第一条において「県民の公文書の公開を求める権利を明らかにする」として、情報公開を原則として、非公開事由を例外として規定している。また、第三条において、「実施機関は、県民の公文書の公開を求める権利を十分に尊重して、この条例を解釈し、運用しなければならない。」と規定していることなどに照らし、そもそも本件条例の非公開事由の解釈は、限定的にされなければならないものである。

3  本件条例第一〇条第二号の趣旨は、個人のプライバシーを保護するため、特定の個人が識別されるか、識別されうるような情報が記載された公文書を公開しないことができるとしたものであって、したがって、プライバシーが問題となる余施のないような文書は特定の個人が識別又は識別されうるものであっても「個人に関する情報」には当たらないと解されるべきである。また、このような文書の開示であっても当該個人の私生活の平穏が不当に害される場合もないではないが、そのような特別の事情については、非公開事由に該当するための要件として、具体的な主張、立証がなされなければならないものである。

(一) 会合又は贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」について

相手方が公務員である場合は、公務員の役職や氏名は、当該公務を遂行したものを特定し、場合によっては責任の所在を明示するために表示されたにすぎないものであって、それ以上に右公務員の個人としての行動ないし生活にかかわる意味合いを含むものではなく、したがって、その限りにおいてはプライバシーが問題になる余地はない。被告の主張は、氏名が特定の個人を識別する情報であるとの形式的な理由のみをもって非公開とできるとするものであって、本件条例第一〇条第二号の趣旨を正しく理解していないものである。相手方が私人である場合についても、懇談会への参加は公務に準ずる公益的な事業に関するものであり、私人の役職・氏名はその事業の相手方担当者として表示されるにすぎないから当然に「個人に関する情報」とは言えず、社会通念上公表が予定されたものと言うべきである。相手方の氏名が個人に関する情報に該当せず、非公開とすることが許されないと解される以上、相手方の「住所・経歴・所属・職名」は当該相手方の氏名等特定の個人を識別するための手掛りにすぎないものであるから、非公開とすることが許されないのは当然である。

(二) 債権者の従業員の「氏名、印影、サイン」について

債権者の従業員は、債権者の代わりに業務として記名・押印・サインしているのであり、従業員個人としての行為ではないので、これらを公表したとしても、当該従業員が当該債権者の従業員であることが判明するだけのことであり、債権者従業員の私生活の平穏が不当に侵害されるということはない。被告の主張は、形式的にこれらの公表により特定の個人が識別されうるということのみで非公開にできるとするものであり、不当である。

(三) 県職員欄人の「住所」及び「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」について

立替払いをした職員の氏名は職員の職務の遂行に際して記録されたものである。したがって、個人に関する情報に当たらない。同様に、氏名以外の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」も、県職員として公務のための公費の預かりや、支出精算のために職務として行ったものであり、個人に関する情報には当たらないと解される。したがって、被告の主張は不当である。

(四) 本件条例一〇条二号の文言は、当該記載の内容が真実であるか否かによってその公開の可否を区別していない。したがって、虚偽情報であるから右同号により非公開であるとする被告の主張は、主張自体失当である。

4  本件条例第一〇条三号該当性

飲食業者の金融機関口座に関する情報や代表者印等は、事業活動として行う上での内部管理に関する情報ではあるが、通常飲食業者が秘密に管理している事項ではないし、当該飲食店の取引金融機関名、口座番号、口座種別及び口座番号が知られるとしても、その体裁から見て、一般的に発行していると認められる飲食代金の請求書に記載されている事項にすぎず、しかも、これを公金の支出を請求するのに使用しているのであって、当該業者としてこれが公になることを拒みうる筋合いのものではない。したがって、これらが開示されたからといって、そのために右業者が不測の不利益を被り、その事業活動が損なわれることはない。

5  本件条例第一〇条六号該当性

(一) 本件会議の目的は、相手方との良好な関係を築くことを目的として行ったものであり、また、本件贈答は社交儀礼として、また、良好な関係の維持捉進を目的として行ったものであるから、情報公開によって当該事務事業の執行に支障を生ずることは考えがたいのであって、同号により非公開とすることは許されないものである。また、被告は、企業誘致の相手方会社名は同号に該当し、非公開とできるとする。しかし、被告はそもそも本件会合が企業誘致についてのものであることを主張しておらず、仮にそのような会合であるとしても、公開により県の事務の執行等に支障が生じ、また相手方に不利益を与えるおそれがあることを具体的に主張していない。したがって、被告の主張は理由がない。

(二) 資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」についても、これを開示したとしても、県民全体の利益を損なったり悪用されたりして、かえって行政の公正ないし適正な執行を妨げることになるとは到底考えられないのであり、被告の主張には理由がない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によれば、抗弁1の各事実が認められる。

三  県では、平成七年三月三一日新潟県条例第一号として、本件条例が制定され、第一条で「この条例は、県民の公文書の公開を求める権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県政に対する県民の理解と信頼を深め、県民の県政への参加を促進し、もって公正で開かれた県政を一層推進することを目的とする。」と定められているが、右に言う「県民の公文書の公開を求める権利」は、憲法に由来するとはいえ、憲法の規定に基づいて直接的に発生するものではなく、本件条例によって創設された権利であり、その権利の内容も本件条例によって定まるものである。すなわち、ある地方自治体が、保有している情報について、いかなる者にいかなる範囲で公開するかは、条例により決定されるべき立法政策の問題である。そして、本件条例では、その権利の内容につき、県内に住所を有する個人等は実施機関に対して公文書の公開を請求することができ(第五条)、右請求を受けた実施機関は、当該請求に係る公文書を公開するかどうかの決定をしなければならない(第七条第一項)と規定されており、第一〇条で実施機関が公開しないことができる公文書が列挙されている。右の規定によれば、県の有する情報は原則として公開し、第一〇条で公開しないことができるとされる文書については例外的に非公開とするものであるが、公文書の公開請求権が本件条例によって創設された権利であることからすれば、具体的な文書が第一〇条で規定する文書に当たるか否かの判断は、本件条例の目的及び同条の趣旨に照らし、その文言に即して合理的に解釈して当てはめることによってなされる必要があり、それで足りるものである。第一〇条第二号、第三号、第六号の規定は次のとおりである。

1  第一〇条第二号

個人に関する情報(事業を営む偶人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア  法令等の規定により、何人でも閲覧できるとされている情報

イ  公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報

ウ  法令等の規定による許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの

2  第一〇条第三号

法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人に不利益を与えるおそれのあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア  法人等又は個人の事業活動によって生じ、又は生ずるおそれのある危害から個人の生命、身体又は健康を保護するため、公開することが必要と認められる情報

イ  法人等又は極人の違法又は不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれのある支障から個人の財産又は生活を保護するため、公開することが必要と認められる情報

ウ  ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの

3  第一〇条第六号

県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、争訟、交渉、入札、試験等の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的を失わせ、又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な実施を困難にするおそれのあるもの四 第一〇条第二号該当性

1  本件条例の解釈及び運用の基本条項である第三条が「実施機関は、県民の公文書の公開を求める権利を十分尊重してこの条例を解釈し、運用しなければならない。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定していること並びに県作成の「情報公開事務の手引き」(〔証拠略〕)によれば、本件条例第一〇条第二号は、基本的人権尊重の観点から、個人のプライバシーを最大限に保護するため、特定の個人が識別され、又は識別され得るような個人に関する情報が記録されている公文書は、原則として非公開とすることを定めたものであり、何がプライバシーかの判断が困難であることに鑑みれば、同号で規定する「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得る」とは、その個人が公務員か否かを問わず、個人のプライバシーに関する情報であることが明らかな場合はもとより、個人のプライバシーに関する情報か否かが不明確な場合も、個人に関する一切の事項についての事実、判断、評価などすべての情報について、同号のアないしウの事由に該当しない限り非公開と定めたものであると解すべきである。ここに、「特定の個人が識別され、又は識別され得る」とは、氏名、住所、生年月日、年齢等のように特定の個人が直接識別できる情報のほか、他の情報と組み合わせることにより、間接的に特定の個人が識別され得る情報を含むものであるが、他の情報と組み合わせることにより、間接的に特定の個人が識別できることは、実施機関の側で証明しなければならないと解される。

2  氏名及び住所は、個人のプライバシーに関する情報であり、かつ、特定の個人が識別される情報であるから、公務員であると否とを問わず、氏名及び住所の記載は本号に該当するものである。よって、食糧費執行伺い及び支出負担行為兼支出命令決議書等に記載された会合及び贈答の相手方の氏名及び住所は、本号に該当するものとして公開しないことができる。また、請求書等の中に記載された債権者の従業員の氏名、印影又はサインについても、前記と同様の理由で公開しないことができると解するべきである。

3  食糧費執行伺い及び支出負担行為兼支出命令決議書等には県側の出席者の氏名及び住所も記載されており、「情報公開事務の手引」によれば、県職員については、その職業ないし所属は、個人情報非公開原則の例外として本号イに該当し、現にその氏名が公開されているが、公務員についても、何処に住んでいるかは個人のプライバシーに関する情報であることが明らかというべきであるから、県職員の住所はなお本号に該当し、公開しないことができると解すべきである。また、支出負担行為兼支出命令決議書等には立替払費用償還に係る県職員個人の取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号及び口座名義が記録されているものがあるが、これらは県職員の個人的な経済生活に関するものであり、個人のプライバシーに関する情報か否かが不明確な場合であるから、やはり本号に該当し公開しないことができると解するべきである。

4  会合と贈答の相手方の「経歴、所属・職名」について

(一)  相手方が公務員である場合、当該公務員が公務として会合に出席し、又は贈答を受けたならば、氏名、住所は別として、経歴、所属・職名は個人のプライバシーに関わるものでないと認められる。本件では、提出された書証及び弁論の全趣旨から、公務員についてはすべて公務として会合に出席し、又は贈答を受けたものと認められる。よって、公務員の経歴、所属・職名は本号の非公開事由には該当しないものと解される。

(二)  相手方が私人であって公務員でない場合については、会合に出席し又は贈答を受けることは公務には当たらないものの、提出された書証及び弁論の全趣旨から、本件の会合に出席し又は贈答を受けることは、いわば公務に準ずる公益的な事業に関してなされたものであり、氏名、住所は別として、相手方の経歴、所属・職名は、その事業の相手方担当者として表示されているにすぎないから、個人のプライバシーに関わるものでないと認められる。よって、相手方が公務員でない場合にも、経歴、所属・職名は本号の非公開事由には該当しないものと解される。

5  なお、被告は、氏名を冒用された者に関する情報が本号に該当すると主張するが、本号に該当するか否かの判断は、その文書に記載された情報の性質が個人に関する情報であるか否かに係るものであって、そこに記載された内容の真実性が審理の対象になるものではない。よって、被告の右主張は失当である。

五  第一〇条第三号該当性

本号は、自由経済社会における、法人等又は事業を営む個人の正当な事業活動の自由を保障しようとする趣旨であり、公開することにより、その法人等又は事業を営む個人に不利益を与えるおそれのある情報が記録されている公文書は、原則として非公開とすることを定めたものである。そして、請求書等には債権者の取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義が記録されており、請求書等が顧客に対して交付されるものである以上、これらの情報は一定範囲の者の間には知られ得る性質の情報であると認められる。しかし、これらの情報は、債権者が自らの営業活動の中で使用するものであり、一定範囲の者に知られうる性質のものであるとしても、その開示範囲は、当該債権者が自ら選択できるものであって、自ら開示した者以外に対しては公開せずに内部情報として管理するのが通常の情報であるということができる。そして、これらの情報は、その開設する預金口座等を特定する情報であり、当該債権者の取引関係に関する情報であるから、その情報の性質自体から、公開することにより債権者に不利益を与えるおそれがあるということができる。よって、請求書等の債権者の取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号及び口座名義の記録は本号の非公開事由に該当するものと解される。

六  第一〇条第六号該当性

1  本号は、事務事業の性質及び内容に着目し、公開することにより、事務事業の実施の目的を失わせ、又は公正若しくは円滑な実施を困難にするおそれのある情報が記録されている公文書は、非公開とすることを定めたものである。

2  企業誘致に関する場合を除いて、被告は、県東京事務所の特殊性からみて、会合及び贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」を開示することは社会通念上礼を失するばかりか、対応の程度により、県政における相手方の位置付け、評価が一般に明らかとなることなどにより、相手方に不快、不信の念を抱かせ、かえって相手方との良好な関係あるいは信頼関係を損なうことになり、また、特に会合の場合は、相手方が不快、不信の感情を抱くことにより、以後県の主催する会合への出席を控えるなど、今後の県東京事務所の行う情報収集、要請・要望等の活動の円滑な実施を困難にするおそれがあり本号に該当すると主張するが、実施機関である被告独自の判断において、右のようなおそれが抽象的に認められるというにすぎない。相手方個人の氏名及び住所については前記四で認定のとおり第一〇条第二号により非公開とされるものであることは別として、会合及び贈答の相手方の氏名、住所、経歴、所属・職名を公開することによって、一般的に相手方との信頼関係を損ない、県の活動の円滑な実施を困難にするおそれがあるとは直ちに断じ難いし、本件において、その具体的なおそれが存在することを認めるに足りる証拠もない。

3  また、被告は、企業誘致に関する会合又は贈答の相手方については、県がそのような交渉をしていること自体が一般には明らかにできないので、この種の交渉の内容は、一般的に、事業の施行のために必要な内容の協議を目的とするものであるとし、その「会社名」を含めて「氏名、住所、経歴、所属・職名」に関する情報が本号に該当すると主張するが、被告の認識はともかくとして、企業誘致に関する会合又は贈答というだけでは、直ちに事業の施行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたものであると断ずることはできないところ、被告はこの点についての判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証していない。さらに、〔証拠略〕によれば、その記載に孫る情報としては、「款項目・産業立地推進費」、「契約方法・随意契約」、「企業誘致のため、昼食を提供したもの」という程度で、交渉の進捗状況や提示した条件などの具体的な内容についての記載はないことが認められ、個人の氏名及び住所が第一〇条第二号により非公開とされることは別として、企業誘致に関する会合又は贈答の相手方が明らかになることによって、一般的に県の活動の円滑な実施を困難にするとは直ちに断じ難いし、本件において、その具体的なおそれが存在することを認めるに足りる証拠もない。

4  さらに、被告は、資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」については、これらの情報は公金の管理及び支払に当たっての内部管理情報であり、一般に明らかにされているものではないことから、これを公開することは、公金の管理及び支払事務の安全、円滑な執行に支障が生じるので本号に該当すると主張するが、前記同様、これらが明らかになることにより、一般的に県の活動の円滑な実施を困難にするとは直ちに断じ難いし、本件において、その具体的なおそれが存在することを認めるに足りる証拠もない。

5  よって、これらの情報が本号に該当すると認めることはできない。

七  結論

以上によれば、本件処分のうち、〈1〉会合及び贈答の相手方のうち、「経歴、所属(会社名及び団体名を含む。)・職名」の部分(但し、国や他県等の職員の場合は、職名の部分を除いた課及びそれに相当する組織名以上の部分、会社及びその他の団体の場合は、企業誘致の相手方を除いて、当該会社名及び団体名の部分については、それぞれ既に開示されているのでこれらの部分を除く。)、〈2〉資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」の部分をそれぞれ非公開とした部分は違法であるからこれを取り消し、その余の部分は適法であるから請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仙波英躬 裁判官 清水研一 丸山徹)

別紙文書目録一

平成七年四月一日から同年九月三〇日までの新潟県東京事務所の需用費に係る食糧費執行伺い、支出負担行為兼支出命令決議書、支出負担行為決議書、支出命令決議書、請求書、領収書、見積書、立替払費用償還請求書のうちの左記部分

(一) 会合及び贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、出身地、所属・職名」(但し、所属・職名については、国や他県等の職員の場合は職名の部分を除いた課及びそれに相当する組織名以上の部分、会社及びその他の団体の場合は企業誘致の相手方を除く当該会社名、団体名の部分を除く。)

(二) 債権者の従業員の「氏名、印影、サイン」

(三) 県職員の「住所」

(四) 県職員、債権者及び資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」

別紙文書目録二〔略〕

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